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ド・クロリヴィエール師創立の二つの修道会にみるイエズス・マリアのみ心への信心

ド・クロリヴィエール師(1735〜1820)は、イエズス会士、フランス大革命下の二つの修道会の創立者、1814年から1818年に行われたイエズス会の復興者であって、キリストとマリアのみ心について独特の認識を持っている。非凡な霊的体験の実りとしての師の事業にはこの信心の印が刻まれているが、師はこの点についての大きな混迷が見いだされる時代にあって、その神学的基礎を新たにし、また、その見通しを開くのに貢献している。

Ⅱ 困難な時代に具現化する信心

その頃はヤンセン派、自由思想家、そしてカトリック教徒自身が論争を巻き起こしていた。ド・クロリヴィエール師はこうした背景の中で、教会に忠実にとどまり、自分の信心を具現していったのです。

イエズス会がフランスで閉鎖された1764年以来、ド・クロリヴィエール師は、いわば「福音的報復の計画」に乗り出しました。自分が始めたものだありませんが、師はその熱烈な普及者となりました。その計画とは、聖なるみ心の執り成しを願って、イエズス会の敵のために、特にみ心に捧げられた日の金曜日に祈ることにありました。それはイエズス会とそのカリスマに忠実にとどまる一つの方法です。

1766年、師は「聖なるみ心の崇敬と、聖なるおとめに対する信心をあらゆる機会に奨励する」誓いを立てます。師の職務がこの誓いを実現する機会を提供しました。特にパラメ(1779〜1786)で働いていた時がそうでした。その地で師は校長として、デ・バサブロン夫人の小聖堂でこの崇敬を促進させたのです。この小聖堂はサン・マロ教区では、聖なるみ心に奉献された最初のものです。

1790年と言えば、革命の真っ最中の時期ですが、師の信心は、聖霊の導きに従って設立した会の中で、その全容を現すことになります。実際、立法議会による修道会の解散令は教会から、修道生活という貴重な財産を奪い取りました。

ド・クロリヴィエール師は新しい形の二つの修道会(一は男子、他は女子)を創立する霊感を受けました。それは、修道者とわかる外観を示さず、一定の使徒活動を持たないで、教会と社会のために、修道生活の本質的なものを保存することを目的としていました。

1791年には、二つの会のそれぞれに「イエズスの聖心会」、「マリアのみ心子女会」の名を与えます。これらの会は修道会としては、「み心」の語を会名とした最初の会の一つです。

これらの会員を世間の人々と区別するものは何もなかったとしても、会員たちは表にはイエズスのみ心像、裏にはマリアのみ心像を表したメダイを目立たぬ程度に着けていました。み心像は光線を放ち、開いていて、炎と茨に囲まれています。一方は十字架上に揚げられ、他方は剣で刺し貫かれ、それぞれに、「ego dilexi vos in finem」(私はあなたがたを最後まで愛した)、「doloris pertransivit gladius」(苦しみの剣が刺し貫いた)の銘が刻まれています。このメダイの起源は不明ですが、パレ・ル・モニアルの像のそのままの複製でないことは明らかです。

矛盾したことには、二つの会の固有の目的は聖心の崇敬にはありません。けれどもこの信心は両会では基本的な位置を占めています。イエズスとマリアのみ心との深い、飾り気のない交わりは、両会に,世間のただ中にあって、誓願による徹底した奉献を、その豊かな価値と要求にこたえながら、実践してゆくために必須の根源的な絆を与えるものです。

もちろん、信心業(金曜日、大斎、祈り)は、教会によって勧められる限り、除外されはしませんが、しかしこれらの外的信心業は、常に本質的なものの後に来るものです。


パレ・ル・モニアルの聖心のメダイ

「マリアのみ心子女会の一員であるとは、聖母にみならって内的諸徳、特に,おん子のみ心を中心、玉座、象徴とする兄弟愛を実践するよう召されていることを言う」。

イエズスのみ心とマリアのみ心は、ド・クロリヴィエール師の考えと祈りの中では、密接に結び付いています。二つの会の会員はどちらのみ心にも所属します。

「神は皆さんをお二方のみ心にお与えになり、み心は自らを皆さんに与えておられます。皆さんはお二方のみ心の栄光を現し、皆さんのうちで、み心の諸徳を再現し、み心の愛で燃え立ち、皆さんのうちにあるその愛をもって、すべての人の心を燃え立たせなければなりません」

お二方のみ心に属することによって、両会の使徒職の特色である一つの魅力的な類似が授けられます。

「特にこの二重の愛(神と人々に対する)によってこそ、私たちは私たちのうちにお二方のみ心に似たものを再現しなければなりません。これは自らみ心のみ名を奉じる二つの会の特有の性格であるはずです」。

このような所属によって、会員は十字架の道に歩み入ります。

「両会のすべての会員は、自分たちの指揮者イエズスの旗を掲げ、自分たちの心にその十字架を打ち込み、それを敬い、きつく抱き締め、ご自身がお選びになられたように、好んでそれを選ばなければなりません」。

キリストとマリアのみ心−内面的生活の場、キリストとの類似の源と考えられている−とのド・クロリヴィエール師の交わりが血の通うものとなり、一つのカリスマとなって具現するのは、イグナチオの「二つの旗」によって勧められる力強い黙想−ド・クロリヴィエール師が実践したような−の極みにおいてです。

(Ⅱ 終り 続く)



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