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  • 日本支部創立の頃 (マリアの御心会本部への報告書より)
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日本支部創立の頃 (マリアの御心会本部への報告書より)(4)

 1959年9月29日、マドレーヌ・ルロワが聖ミカエルの保護のもと、エリカ・ファヒンガーと共に、宣教に加わるためにパリを飛び立った。経由地アンカレッジは地の果てで、まるであらゆる命綱を断ち切られた印象を受け、東京へは10月1日の夕方到着した。ルーメル神父、バロン神父、有島女史が親切にアンケを車で空港まで連れて行ってくださり、長い間待ち望んでいた会員の出会いの喜びに上智大学の歓迎が花を添えた。
 日の落ちる頃、全速力で走る自動車の流れの中を私たちは帰っていった。この大東京は「漢字」という美しいが不可解な文字で書かれたネオンのまばゆいばかりの景色であった。いつの日か、日本人の不思議な言語がわかるようになるのだろうか。
 できたての私たちの小さな共同体は、払い込みを済ませた不動産の一番小さな家に住むことができた。はじめの何週間かは、西洋の言葉とまったく異なる恐怖の日本語学習に要求される莫大な労力と、私たちの大切な祈りの時間、家事の務めと寮の準備に必要な手続きとを両立する生活のバランスを見つけようと努めた。私たちの家のすぐ近くにあるカトリック学生センター「真生会館」のチャペルは、そばにおられ、すぐに近づける主の臨在による慰めを与えてくれた。それでもなお私たちの家の真ん中に聖櫃が置かれる日を待ち望むことに変わりはなかった。
 1959年11月10日、必要な設備が整ったので、私たちの小さな家の祝福のために最初の頃からの友人を招待することができた。イエズス会、フランシスコ会の神父、援助会のシスター、六本木の私たちの先生、日本人の何人かの友人が、私たちの招待に応じてくれた。その日は兄弟的な集まりのよい一日であった。私たちはすべての会員の祈りに支えられていると感じると共に東京の友達にも助けられていることを感じ、従順の示す道を元気よく歩もうという強い望みを持っていた。
 11月16日、最初の日本人志願者が私たちに加わった。(正確にいえば二人目である。一人目は1958年6月に広島から本部修練院に直接来ていた)。

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