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  • 日本支部創立の頃 (マリアの御心会本部への報告書より)
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日本支部創立の頃 (マリアの御心会本部への報告書より)(3)

 4月26日以降、ラスコルは、アンケを援助会のシスターのもとに残してパリヘと飛び立った。彼女らの博愛的なもてなしのおかげで、アンケは自分の時間をすべて、フランシスコ会士により宣教師のために組織された六本木の学校で日本語を学んだり、未来の寮を組織するための準備に費やすことができた。その中には、良質安価のベッド、机、椅子の調査、シーツや枕をこしらえることなどもあった。これらの中で、可能な限り6ヶ月の長い孤独のうちに、全面的に主にささげた日本への宣教が深く根をおろした。
 マリアの御心会が得た不動産は和風の母屋と四つの小さい離れからなり、前者を共同の家にし、後者に学生を住まわせる予定であった。こうすれば50人ほどの寮生を十分な条件の下に迎えることができるのだが、問題があった。3,4人の学生が畳の部屋に寝泊りするというのは個室に比べて勉学には不向きで、現代の女学生にとっては洋室よりも劣って見られる。またいくつもの建物に分散するのは、環境づくりと規律に不適当であった。
 すぐに主は総長が、主が会に任せられた教育事業によりふさわしい、より広い寮の組織に向かって進むために摂理への新たな信仰を起こすように促した。5月28日、ルーメル神父は総長に、日本政府が私立大学のために、学生寮建設資金をカバーする融資を低利子で行うという旨を書き送った。この融資を生かすために、少なくとも80人の学生を受け入れられる建物の計画をすばやく提案しなければならなかった。ルーメル神父は手紙の最後に「私が考えますには、この融資はあなた方に80人の女子のための堅固な寮を建てるすばらしい機会を与えてくれるでしょう」。と述べていた。総長はこの申し出を受け入れ、上智大学は政府に申請を行った。それが受理されるためにはすぐに、十分検討された中間計画を提出しなければならなかった。ドイツ人イエズス会士に、ブラザー・グロッパーといって、修道会と宣教者のために能力と献身を尽くしている元建築家がいた。彼がこの仕事に取りかかり、何週間かの間に計画を仕上げるという偉業を成し遂げ、それによって実際に政府の融資を受けることができたのである。

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