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  • 日本支部創立の頃 (マリアの御心会本部への報告書より)
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日本支部創立の頃 (マリアの御心会本部への報告書より)(2)

 若い日本人女性が高等教育や社会的・政治的可能性にどんどん関心を示してきたことが、今後の日本の発展の重要な要因となっている。彼女らには、新しい行動に眼を開くと同時に伝統的な価値(家庭の意味、献身と犠牲の精神)を発展させ花開かせることができるだろうか。このような地平の開花と不可欠な解放がカトリシズムに近づく上で好材料となるだろうか。そうであるとすれば、困難で遅々たる日本の回心への動きにより際立った一歩が得られることを望めないだろうか。
 ルーメル神父は大学の女子学生が東京で彼女らの成熟に適した環境の中で生活できることを望み、彼女らのために寮を組織させようと考えていた。
 1958年12月26日、クリスマスの挨拶を終えようとしていた私たちの総長、マリア・ラスコルは、もし神のみ旨が確認されれば、翌年1959年の間に日本に会を創立する予定であることを発表し、全会員に祈りを頼んだ。
 その後、何週も、この件はより細かく検討された。犬養宅の売却という予期せぬ提案があり、ラスコルは1959年4月18日にパリを発ち、マリー・マドレーヌ・アンケを伴って東京に向かった。アンケは東京に残って女子学生寮と将来の召命の養成に携わることになった。数ヵ月後には、すでに宣教に備えて日本語を学んだマドレーヌ・ルロワと、8月15日に初誓願を立てることになっているドイツ人修練女、エリカが彼女に合流した。最初から献身的な態度を示し、あらゆる方法で私たちへの援助を絶やさなかったイエズス会神父たちに助けられて、ラスコルは何日間かのうちに、何度も犬養宅の土地家屋を見に訪れ、その利用の可能性を研究し、購入するという結論に行き着いた。彼女が連絡をとった教会権威者は皆、日本のマリアの御心会の創設を喜んだ。彼女は多くのカトリック信者に出会った。大学の女子学生担当者である有島暁子氏としばしば話し合った。私たちはすぐ後、彼女と共に働き始めることになる。彼女が総長に示した強い共感と深い信頼によって、私たちとの共同作業は大きく助けられた。

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