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キリストは私の喜び

 私がキリストから呼ばれた歴史をおはなしします。
私は、1歳の時にやっと歩きだし、ヨチヨチ歩きのある時しりもちをつき、その時から歩けなくなりました。母は心配していろいろなお医者様の所に行きましたが、原因が解りませんでした。母の心配をよそに私はいつもニコニコしていたそうです。そして不思議なことですが、私の記憶の中に、神様から大きく包まれている感じが1歳の頃の記憶にあるのです。やがて3歳になった時、ひょんと歩き出し、1歳半年下の弟と一緒に歩き出したそうです。

 小さいときから、身体が弱く母から大事にされて育ちました。6年生の卒業間じかの2月の寒い朝、起きたら腰が曲がっていました。腰が伸びないのです。また、病院を回りましたが、原因が解りませんでした。今から思えば骨が成長する時期に骨が弱いので曲がってしまったのかなと思いますが、はっきりした原因は解りません。そして指圧に半年通いやっと腰が伸びました。その頃から高校は丘の上にあるミッションスクールに行きたいと思っていました。何かを求めていたのでしょう。

 高校に入り神様の事を知りたいと思ってカトリック・クラブに入り、また教会に通いました。教えの中で神様は一人一人を大切にしてくださる事と、永遠の命である神様に出会い、「神様の子供になろう」と思い洗礼を受けました。高3の17歳の被昇天でした。

 高校の時、幸せな家庭生活の話を聞き、私は結婚して幸せな家庭を築きたいと思っていました。23歳の時幼稚園の仕事が終り、寮で夕食前に小さな本を読んでいました。その本の中に「人間は神から生まれて神のもとに帰るために生きている」という一言が心に留まり、「では、私は今何のために生きているのだろうか」と考えた時、夕方の光の中で突然雷が落ちたような光が、私の心をとらえました。一瞬「あ、修道生活だな」と直感しました。その頃の私は修道生活は望んでいなかったので、苦しく感じました。しばらく迷っていましたが、迷うことが苦しかったので5日間の黙想会に参加しました。3日位たった時、神父様が「十字架のイエス」の話をしてくださり、その後、聖堂で十字架を見ながら祈っていました。「イエスの私たちへの愛」と「そんなに迷っていないで、来なさい」と呼びかけられているようでした。「はい、あなたの愛は良く解ります。そしてあなたからの私たちへの愛には参りました。そして私を呼んでくださった事は解りましたので進んでみます。」と答えると心が安らかになりました。

 次は、「では、どの修道会か?」神父様は2,3の修道会を紹介してくださいましたが、まず、黙想会をしている修道会をと思い、「この会は、どのような修道会ですか」とたずねるとマリアの御心会の特徴を、その時、黙想会の担当をしていたシスターがお話をしてくださいました。

 「この会はフランス革命の時に創立され、修道会が禁止されている時でしたので、今から200年前ですが、私服で普通の人と同じように生活をしました。そして人々の中で生活するために囲いもありませでした。当時は囲いの無い修道会は考えられませんでしたが、それが今まで続いて修道会としての制服はありません。でも祈りを大切にして、二人の創立者の一人が、イエズス会の方だったので霊操を基本としています。また人々と共に歩むために、人々への奉仕活動だけでなく、修道会としての三誓願を立て生きて来ました。それから一人一人が頂いた賜物が違うので、頂いた賜物を生かしながら、人々に奉仕をしていきます。」

 これらの言葉を聞き「この会だな」と思い入会を希望しました。

 しかし、そんなにスムースには入会できませんでした。入会前の健康診断の時、私の腰が問題になりました。「では、1年間コルセットをして様子を見ましょう」と入会はしないけれど、修道院での生活が始まりました。1年後の健康診断の時、「残念ですが入会は出来ません。荷物をまとめて家に帰りなさい。」と管区長に言われました。普通ならば荷物をまとめて帰るところですが、神様の呼びかけが間違いだと思えなかったので、「どうしたら入会ができるのですか」と聞きました。私の問いに管区長は「身体が治ったら入会できます」と言われました。それから脊髄の手術をして、2年半後やっと入会が出来ました。

 入会してノビスになる時,修道名をいただきます。公には使いませんが、修道生活の指針として選びます。ほとんどはマリアの生き方から選びます。私はマリア様の生涯の中で、十字架の下にたたずむマリアにひかれていましたので、「十字架の下のマリア」の名を頂きました。それから1年ぐらいたった時、リュウマチの病気になりました。当時院長であったフランス人のシュビヨットさんが、「大きな十字架を頂きましたね」と苦しそうな顔をなさいました。その時はあまりピンとこなかったのですが、今頃になると解ります。しかし恵みで退会する事もなく修道生活も続けられました。けれどリュウマチは年を経るごとに変形もひどくなり、2003年には左膝の手術もしました。そんな私を修院のみなさまが温かく支えてくださったのです。そして神様が呼んでくださった体験は間違いではなかったのだと思えるし、今の生活が幸せだと思います。

 私は病気による困難の時、何か大きな困難の時、いつも聖堂で十字架上のイエスとお話をすると不思議な力が沸いて来ます。イエスに向かわないで一人で「ああかな、こうかな」と思っている時は力も平安も沸いてこないで迷いの中にいて不安になります。それが解ると十字架のイエスの元に行くと、再び平安が戻って来ます。そして何をしたら良いのかが見えてきます。

 小さい時から、神の大きな愛を感じたり、包まれたり、キリストが私を助け、愛し、支えてくださることを感じると本来の私に帰ります。そして、キリストが私の中心にいてくださるので、「キリストが私の喜び」だと感じます。でも、「キリストが私を愛してくださり、キリストが私を喜んでくださる」事と、「このキリストの愛があるから私は生かされている」そのことのありがたさの方が大きいです。「その喜びを人々と共に歩み伝えたい」と思っています。できる事は小さな事かも知れません、でも、自分のできる事を通して、神様は、キリストは

 私たちを愛し大切にしてくださることを伝えて行きたいと思っています。

(FM)

 


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