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冒険体験:日本語教師
使徒行録のこの箇所を読むと、わたしは自分の人生のドアーを連想する。主についていく人生で、いつも目の前のドアーが自然と開かれてきたと感じる。ドアーはわたしの思いをはるかに超えたすばらしいところにわたしを導いてくれるのが常であった。 しかし今回は、少し話が違った。「フィリピンの学生と接したい。」という単純な動機で、「日本語を教えさせてください。」と自分からフィリピン女子大学のドアーを叩いてしまったのだ。叩いたらドアーが開いてしまった。そして2005年6月から、経験もないくせに日本語の先生をすることになった。 難問が次々と「大学でくださる教科書を使って、やさしい日本語を教えればいいのだろう。」と軽く考えていたら、「教科書はありません。あなたが自由に教えてください。」いくら日本語でも、何をどのように教えたらよいのか知らない。青ざめて準備に取りかかった。 恐る恐る初登校すると、女子大のはずなのに男子学生もいる。フィリピン女子大学は伝統ある誇り高い女子大であるが、十数年前に校名を替えずに共学にした。男子学生が、「ぼくは、フィリピン女子大の学生です。」と抵抗なしにいう。さすがはおおらかなフィリピン人だ。日本語クラスは28名。語学には多すぎるが仕方がない。 フィリピンの大学の成績のつけ方が、日本と大いに違った。担当教授から「毎月成績を提出すること。成績の出し方は、クイズ40%、テスト30%、宿題20%、出席10%の総合です。」出席簿を準備して、細かくつけ始めた。月末はテスト問題作りだ。100点満点になるように、数日かけて100題準備した。テスト用紙を配ると、学生がその分量に悲鳴を上げた。 日本式の勉強法は、フィリピンの学生には通用しない。彼らは、耳で聞いて口に出して憶えてしまう。文法の説明は好きでない。彼らに合った教え方を工夫しなければならなかった。 愛すべき学生たちにわか仕立ての先生であったが、学生たちは「先生、先生」と、親しく接してくれた。わたしも、孫のような学生が大好きになった。大学が家のすぐ近くなので、「先生、おはようございます。」と道であいさつされる。「えっー、午後なのに。」と心のなかで焦りながら「こんにちは」とあいさつを返す。 大変な一年が無事終りに近づき、担当教授から、「あなたに教えてもらってよかった。」と言っていただけた。アイルランド人の神父様は、「フィリピンの学校で一番大切なことは、勉強の成果よりも生徒との関係です。それができているなら十分です、続けなさい。」と励ましてくださった。しかし、2年目を引き受ける勇気は持てなかった。 先生は天職であるわたしは、クラスの準備は十二分にした。しかし、それを教室で学生に伝えることは難しい。学生を惹きつけて楽しく学ばせるのは素人にはできない。若ければ、一年一年自分を鍛える時間があろう。しかし、わたしの年齢になって始めることではない。幸い、日本人のベテラン先生を見つけた。彼女は、わたしがフィリピン女子大学に日本語クラスの道を開いたことを評価してくれ、フィリピンの学生に日本のことばと文化を教えることに情熱をもっている。ベテラン先生に譲ってほっとした今、文化を通して人と人が出会うことのよろこびを体験させてくれた「自動ドアー」に感謝している。
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