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源泉をたどる

歴史を知ることによって視野を広げる

わたしはあなたと永遠に契りを結ぶ。正義と公正と、恵みとあわれみをもって、契りを結ぶ。わたしは真実をもってあなたと契りを結ぶ。このとき、あなたは主を知ろう。(ホセア書2:19〜20)

ラ・フォス・ハンガン わたしは長い間、この聖堂を訪れたいと思っていました。ここは1790年7月19日、クロリヴィエール神父が朝の黙想の後、「ある考えに捉えられ、それに没頭した」場所であり、「一瞬のうちに、わたしがかねて思い描いていた形の修道生活がかなり細かいところまで、明らかになり」また、「それを実現することによって神の栄光が現れるのであり、それを他の人たちに伝えるために主は私を用いられることが明らかになった」と述べています。

ロシュボンにあるマリアの御心会のはからいで、2006年2月25日(土曜日)、マリーテレーズと私は、わくわくしながら、ラ・フォス・ハンガンに到着しました。

車から降りて目にした聖堂は、最近できた塀に少し隠れており、その塀の先に正面玄関がありました。また、右手には池があり、その場所全体に穏やかで平和な雰囲気を醸していましたが、その池はクロリヴィエール神父の時代にはありませんでした。

まず、塀の外側の沿って歩き、表通りに戻り、堂々とした鉄柵のすきまから、館と敷地全体がみえました。右側に小さな建物を見つけて私たちは大喜びしました。それは1885年以来のイタリア人気質ゆえの好奇心をくすぐるものであっただけで、本来私たちが探しにきたものとは関係のないものでしたが、それでも、すっかりこの地が気に入りました。

白い正門に戻り、ドアが開くのを待っている間、わたしたちは、ずっと聖堂を見ていました。
ブレトンの聖堂によく見られるように、十字架のついた鐘楼がてっぺんに立っていました。

聖体顕示台また、塀の切り妻に彫刻されている聖体顕示台を見て、感動しました。そこには1790年7月19日という日付が付されていましたが、この日にインスピレーションが与えられたことを記念してクロリヴィエール神父が捧げたものに違いありません。

私たちがそのようなことを思いめぐらしていると、館の領主が門に現れました。領主はクロリヴィエール神父の生涯と、この館に昔すんでいたクロリヴィエルー神父の家族に大変興味をもっています。

この館の歴史について目下調査研究を行っており、まもなく、「リマのバラ」という題で本を出版するとのことでした。この題のいわれは、クロリヴィエール神父の曾祖父がペルーとの貿易で財を成したからです。実は私はナンシー出身ということで、二重の歓迎を受けました。この館は、「ナンシーの英雄」といわれたアンドレ・デスイーユの実家であり、この人は、クロリヴィエール神父のいとこにあたります。

この館の跡を継いだのは、クロリヴィエール神父の姉のジーン・ローズでした。ジーンはキャンベルノン島のマルクと結婚し、三人の娘と一人の息子をもうけました。この息子の名前はアンドレといい、( des ilesと称しましたが、フランス革命時にはデシールあるいは デシースと名乗ったということです。)ロレーヌ地方では、彼の名前は今も有名で、ナンシーの大聖堂の地下墓所には、歴代司教と共に、1790年10月に葬られた彼の名前を見ることができます。23歳の若き指揮官として、反乱を鎮圧するために市の門で戦っていたときに、15発の大砲に攻撃されて負傷しました。墓碑銘には、ポルテ デシースと刻まれています。また、美術館の入り口には、彼の勇気と勝利をたたえる記念碑があります。

アンドレの姉妹の一人アンジェリクはフランス革命で非業の死を遂げました。アンジェリクは、1787年、ジャン・ド・ラ・フォンシェと結婚し、1793年3月2日に逮捕され、その3ヶ月後、23歳の若さでギロチンで処刑されました。残された二人の息子たちは、3歳と4歳でした。この二人の子孫が今もナンシーで生きているということがわかりました。

ロレーヌへ帰る道すがら、G.エッテとM.バルジョンによって編纂されたクロリヴィエール神父とその家族のパンフレットを入手しました。それを読み返してみると、政治的迫害にあった家族のことでクロリヴィエール神父がどんなに苦しんだかがよくわかりました。

別の妹は、バック通りにある聖母訪問会の修道女になり、修道名をテレーズ・ド・ゴンザグと名乗り、からくもギロチンを免れました。(クロリヴィエール神父の書簡1794年5月10日を参照してください)その理由は、彼女が処刑されるはずの夕方、護送車の運転手が道に迷って、処刑の予定時刻に間に合わなかったからです。私たちの創立者であるクロリヴィエール神父は、1804年から5年間、刑務所で過ごしました。その理由とは、彼の甥でもあり代子であったジョセフ・ピエール・ド・リモエランが1800年12月24日のナポレオン暗殺未遂事件に加担していたためでした。

このような状況を見ると、クロリヴィエールの家系は絶えてしまったということがわかります。

ミシェル アラン     ギロチンにて処刑
ピエール ジョセフ    幽閉
ジーン ローズ      息子アンドレの死後、発狂
テレーズ         逃亡、逮捕、有罪

聖霊に満たされた1790年7月19日の朝は、あたかもクロリヴィエール一家を待ち受けている受難の前の聖変化のようなものであったと思います。1790年8月31日に負傷したアンドレ・デシーユは、死を迎えるまでの6週間の苦しみを耐え忍ぶことによって、「天使のような」死に方であったそうです。(甥のジョセフ・ピエールにあてたクロリヴィエール神父の書簡を参照してください。)わずか4年間の間にクロリヴィエール神父一家が味わった苦しみがどれほどのものであったかをこれほど深く感じたことはありません。マリアの御心会の源泉をたどることによって、私は確かに信仰を深めることができたと思います。

ラ・フォス・ハンガンの聖堂は、まさしく、マリアの御心会が始まったところです。私の魂のルーツはたしかに、あの草深い小聖堂にあります。この地を訪れることによって、神様に対する信頼を深めることができました。

次の言葉が私の心にこだましています。「なぜフランスにできないのか?」「なぜ全世界にできないのか?」

 マリアの御心会の会員たちの顔を思い浮かべながら、わたしの心は燃え、深い祈りに誘われました。さりげなくすべてを捧げて生きる会員たちに心からの感謝を捧げます。私たちにとって大切なことはただひとつ、それは、主との約束であり、愛にあふれた共同体においてひとつになってその約束を生き続けることです。

(フランス−スイス管区 M.M.)


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