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神様に導かれた道

わたしが臨床パストラルケア教育(CPE)のコースに入学したときには、それがどんなものなのかよく知りませんでした。病院という現場がなんとなく恐ろしくて、あまり熱心な気持ちもありませんでした。

CPEコースは毎日が過密スケジュールでした。一日に3時間の患者訪問では、患者は現地語のヴィサヤ語やその他の言語で話すので、言葉の壁のためにコミュニケーションがとれませんでした。加えて、わたしの限られた英語力で、耳慣れないあらゆる種類の病気や症状や薬の用語を覚えなければなりませんでした。ただひとつわかったことは、今学んでいることは必ず役に立つということでした。そこで、わたしは真剣に努力しようと決意しました。

ある日、午後の通常日課として、耳鼻咽喉科(ENT)の病棟へ患者を訪ねにいきました。その気の毒な男性患者は、自分の病室の前に立っていました。わたしを見ると近づいてきて、わたしの両手をつかんで、2027号室に招き入れました。彼はわたしになにか説明しようとしていました。わたしは彼の言うことがまったくわからなかったので、情けない気持ちでした。彼の目を見ると、わたしの助けを必要としていることはわかりました。言葉が通じないために何を言いたいのかわからないので、わたしは片手を上げて彼をなだめるしぐさをし、助けを求めて病室から出ました。

幸いにも、わたしが担当している10代の患者の看護人で英語を少し話せる人を見つけました。二人で患者が待っている2027号室へもどりました。彼は翌日O型の血液を2パック必要としていました。でもそれを買うお金がなかったのです。彼の妻が朝から奔走していましたが、血液を手に入れることはできませんでした。どうしたら彼を助けることができるのだろうか、とわたしは自問しました。わたしはO型ですが、彼が必要とする量にはまったく足りません。

悲しく途方にくれ、院内の聖堂に行きました。今度はわたしが神様に助けを求める番です。それから、わたしはクラスメートに相談し、5時に閉まる前に、大急ぎで社会福祉サービスへ行きました。神に感謝! その患者の翌日用の血液が無償で与えられることになりました。

わたしはこのことを伝えるために彼のところに行きました。彼はしっかりとわたしの手をただ握りしめました。神様がわたしの願いを聞き届けてくださったことに感謝しました。

わたしの担当のある患者は、わたしが集中治療室に会いに行ったときには、数日間昏睡状態でした。わたしは1時間、彼のそばにすわっていました。それからわたしは、彼に意識があるかのように彼に話しかけました。

驚いたことに、2〜3分後、彼は目を開け、くちびるに微笑みをうかべてわたしのほうを向きました。彼はわたしの手を握り、以前に彼を訪れたときのことを話すとうなずきました。彼の家族はみな大喜びでした。彼は数日間無意識だったのではなく、話すことができなかったのでした。

ある晩、階段を下りて病院から帰ろうとすると、彼の看護人が悲しそうにわたしを見て、彼がまた何日も無意識になっていると言いました。看護人は彼に会ってほしいとわたしに頼みました。わたしは集中治療室に入りました。

わたしにできることは、自分の時間と存在を彼に捧げることだけでした。わたしは彼にまるで友達と話すように話しかけました。しばらくすると、彼は目を開けました。彼の家族、親類、友人たちの喜びはどれほどだったでしょう。

わたしは、これは神様の恵みだと思います。この出来事を通して、神様がわたしと分かち合いたいと思っていらっしゃることがこれ以上にあるでしょうか。この人は、わたしにたくさんのことを気づかせてくれました。わたしたちは、たくさんの愛や気配りをお互いに与え合い、また受け取る必要があります。わたしたちは、希望と励ましを互いに与えあう必要があります。多くの苦しみと痛みに対してわたしたちはへりくだって支える必要があります。深い信仰と、神様に自分を明け渡す清らかな態度もそうです。その患者は神様と一緒に天の住まいへ召されました。しかし、彼はわたしの記憶と心に生きており、彼もまたわたしのために祈ってくれていると信じています。

わたしは、両眼を失った2歳の男の子のことを忘れることができません。また、脳腫瘍のため全身がはれ上がりながらも、穏やかな顔で臨終の洗礼を受けた女の子、命の危険が迫り、夜中に緊急洗礼を受けた2ヶ月の赤ちゃんにも会いに行きました。

また、患者さんたちと楽しく笑って過ごしたこともありました。年配の女性の患者は、わたしが彼女たちを訪れ、話を聴き、病気のことや望みなどを聞いているときにわたしが言葉の間違いをするたびに彼女たちは大笑いしました。小学校を卒業したばかりの胃腸病の少女を何回か訪問し、手術に立ち向かえるよう励まし、彼女は泣くのをやめました。

2ヶ月半の病院実習を通じて、わたしは、患者や看護人のさまざまな気持ちに出会うチャンスを多くいただきました。

苦しみ、無力感、絶望感、フラストレーション、不安など、生きるためにもがいている患者にとって、生と死の境はあまりにもか細いものでした。また、きっと自分の病気は治ると希望と抱いて生き生きしている患者もいました。自分の病気のことより、家族のことを心配する人もいました。両親とも入院している患者は、村に残してきた幼い子どもたちを親戚にあずけ、または、子どもたちだけで暮らしているのです。愛する人を失って悲しみにくれる人もいました。

患者とともに人生を旅する間、わたしは患者が身体的な喪失に直面しているときは痛みを感じ、彼らを経済的・物質的に援助できず、彼らの痛みをどうすることもできない時、無力感を感じ、不安で、自分が謝りたいような気持ちさえ感じました。

彼らの身体や精神の苦しみを見ている時、わたしには言葉がなく、看護人たちのそばで、黙していました。わたしは自分の限界、人間の限界を経験しました。

わたしは、無限の源である神様に導かれました。わたしが患者のために何もできないとき、わたしが頼りにできるのは神様だけでした。神様は患者にとって一番よいことは何かを知っておられます。神様はわたしを日々新たにし、わたしが患者の痛みを抱きしめ、彼らの話を聴き、なんとか彼らの苦しみのはけ口となり、彼らが神様のほうに向けられ、痛みが和らぎ、現実を受け入れるよう助けることができました。

患者のかたわらにいて、彼らの話を聴くことによって、わたしは人間の悲しみとは何かを経験することができました。しかし、その苦しみを通して私はいつくしみと愛とやさしさを経験しました。患者とわたしは共に神様に引き寄せられ、またお互い同士の心が通い合うことを経験しました。

病者と触れあい、共に人生を旅することを通して、わたしの心を変容したのは神様です。わたしの人生を豊かにし、信仰を深めてくれた患者たちに感謝しています。また、真摯な愛と真実のいつくしみの道へ導いてくれた神様に感謝しています。

私は病院という環境にも慣れ、病棟を毎日回るときに、聖堂はとても身近なものになりました。臨床パストラルケア教育を通して、「主と共に在る」わたしの人生は深められ、患者に手を差し伸べ、神様にすべての人間の痛み、苦しみ、限界をお捧げしました。

私は平和の祈りを歌いたいと思います。「神よ、わたしをあなたの平和の道具にしてください。慰められるよりは慰めることを、愛されるよりは愛することを私が心から求めますように。」

RLTD



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