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スモーキー・マウンテン(煙の山)今日の文化的で工業化した世界では、貧困はすでに減ったように見えます。しかし、実際はそうではありません。貧困は、現実的には、昨日そうであったより今日のほうがもっとひどくなっています。 明らかに、貧困による欠如と惨めさは、まだ多くの心配の種であることを示しています。 私が訪問したスモーキー・マウンテンの貧しい人々は、今日の世界に存在しているあらゆる部分の苦しみを彼らの生活であらわしています。 スモーキー・マウンテン(煙の山)と呼ばれているゆえんは、その山で、人びとはゴミを燃やしています。ダバオ市のゴミ捨て場です。 ここ、スモーキー・マウンテンには約200家族が住んでいて、ゴミの中からリサイクルのために何か売ることができるものを探しています。毎日、朝から晩まで、彼らはこの仕事だけをします。私はミッショナリー・オブ・チャリティーのシスターたちとスモーキー・マウンテンをたずねました。私たちは、午後2時半頃そこに着きました。私は、ゴミ収集トラックの来るのを待っている人々や、ガラクタの山の中にいる人々を見ました。私たちの車が見えるやいなや、彼らはすぐに、今までしていたことをやめて、彼らが毎回集まる場所にやってきました。それから、人々は子どもたちのために椅子を出し、マットを広げました。ひとりのシスターは大人のクラスを持ち、他のシスターは子どもたちと遊んで、子どもたちにカテキズムを教えていました。しつけられていない子どもたちには、同じ場所にじっと座っていることが難しいようです。彼らは飛び跳ねたり、勉強時間の間におしゃべりしていました。けんかもします。クラスでは気が散ることがあったけれども、それは素敵でもありました。シスターが質問をすると、たくさんの小さい手が上がります。みんな、質問に答えたいのです。クラスの後で、出席した子どもたちはそこでシスターから小さいプレゼントを貰います。子どもたちはプレゼントを貰ってとても満足でした。その後、彼らは家に帰りました。 私は、いくつかの家族を訪問しました。彼らはとても親しみやすい人々でした。家の中にはほとんど家具がありません。ある家族は豚を飼っていて、家の近くにつないでいます。また、ある家族は何羽かの鶏を飼っていました。そして、子どもたちは無邪気でかわいいです。子どもたちはゴミの山の近くで遊んでいました。そのゴミの山の近くで飲んだり食べたりさえします。そのうち、子どもがジャック・フルーツの皮を洗って食べているのを見たときはショックでした。それはどこから来たものなのか??私は自問せずにいられませんでした。親は子どもがやっていることを知っているのだろうか? あるいは、親は子どものことを心配しないのだろうか、と。 スモーキー・マウンテンの人々の生活は非常に大変です。しかし、彼らの顔にはしあわせがあります。彼らはまだ希望を抱いていて、明るい将来を期待しています。彼らはまた、シスターたちから援助を受けて、シスターたちから教えを受けて満足です。 スモーキー・マウンテンへの訪問の後、私は本当に彼らを気の毒に思いました。私はいつも彼らのために祈っています。私は今、自分が生活しているところの新鮮な空気と、度々当然のことのように思っている清潔な環境に対して神様に感謝しています。 NT |
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