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毎日が主の日朝、目覚めたとき、最初にすべきことは、主の名をこの新しい日を主に感謝し、わたしたちを主に委ね、今日主のためにベストを尽くすことです。 明日のことは明日が心配します。今日、神がわたしたちのために何を準備してくださっているか、何がわたしたちを待ち受けているのか、わかりません。何が起ころうとも、それは主の御旨です。もし、一日中、主の現存のうちに生きるならば、主は、わたしたちを導き、何をすべきか、いかにすべきか、いつすべきか、なぜすべきかを教えてくださいます。わたしたちは、敏感に聖霊の促しに耳を傾けなければなりません。 今日、すべてのことがうまくいき、元気で幸せで受け入れられていると感じるかもしれません。それは、これは主の日だからです。また、別の日には、物事がうまくいかず、心は沈み、裏切られたり、侮辱されたりしていると感じるかもしれませんが、これもまた、主の日なのです。 主ご自身が親しい友に否定され、裏切られたときに苦悶のつらさを経験しました。主は、大勢の群集の前で完全に見捨てられ、十字架につけられました。しかし、イエスが死の瞬間、悲しみに満ちて、「父よ、できることなら、この杯をわたしから過ぎさわせてください。しかし、わたしの願い通りではなく、御心のままに」と祈ったとき、それは主の日でした。 絶えず人から拒絶されている人々がいます。彼らは、何年も許しを得られません。悪のレッテルを貼られてしまい、更正するチャンスがないのです。これも主の日です。 キリストは、一度は王とされ、またあるときは石をなげられました。彼らはイエスの手と足を貫きました。主はからかいや恥ずべき言葉に耐えました。彼らは主に酢を与えて飲ませようとしました。彼らは彼を鞭打ちました。主は、血のしたたる肩に重い十字架を背負いました。イエスは、頭に茨の冠をかぶせられました。そして、最後には、十字架に磔けられました。 日常生活において、わたしたちは、あれこれ小さい犠牲があります。これは、主の日を経験する助けとなります。 もしわたしたちの生活において、イエスを経験するならば、わたしたちには足りないものは何もありません。 それは、わたしたちに、力と勇気と希望を与えます。わたしたちは、終わりのない神の国に属しており、神とともに天国の喜びに与るでしょう。 なぜ、わたしたちは富や名声を追い求めるのでしょうか。自覚しようとしまいと、もしわたしたちが傲慢で、貪欲で、疑り深く、他人に冷たく、誠実でないなら、この日は主の日ではありません。もし、わたしたちが、盗んだり、うそをついたり、憎んだりすれば、主を裏切っています。 わたしたちの日を、最悪の日ではなく、ふさわしい日にしましょう。 一日いちにちが、貴重です。わたしたちは毎日、贈り物として、主の日をいただきます。わたしたちは毎日、感謝と勇気をもって、主の苦しみと死と復活に与るために、自分を完全に主に捧げて生きなければなりません。そうすれば、毎日が主の日である、と言うことができます。 わたしたちは、信仰、希望、愛でその日を抱くために開かれた心と頭と腕で、毎日を歓迎することができます。その日は主の日なので、わたしたちはふさわしく生き、わたしたちの師であり、すべてである主から力をいただくでしょう。 高い山の頂から、眼下に見える小さい町を見ると、あなたは何を思うでしょうか。人々はなぜ忙しそうなのでしょうか。富や所有物や誇りを求める人々もいれば、不正直で他人を困らせている人々もいます。山頂では、わたしたちは、偉大で全能なる神の現存を経験します。 風、海、山、数知れぬ被造物や美しい自然は、神の偉大さを語ります。そして、ここでは、わたしたちは自分の小ささを自覚します。わたしたちの眼差しは高きもの、天上のものに向けられ、わたしたちは、主のためにわたしたちの日を生きます。なぜなら、毎日は主の日だからです。 毎日は主の日です。ですから、わたしたちは主に触れ、主の香りをかぎ、わたしたちのまわりの主の現存を感じることができます。 わたしたちは主の声を聴くことができます。 わたしたちは主とともに歩むことができます。 わたしたちは主が伴ってくださるのを喜びます。 わたしたちは、聖なる食卓、御聖体に与ることができます。 わたしたちは、主の御前で瞑想することができます。わたしたちは主に話しかけることができます。 主はさまざまな形をとって、来られます。風を通して、音楽や絵画を通して、見知らぬ人々を通して、物事や人々という簡単な形をした状況や出来事を通して。ホームレスの人々を通して、社会の底辺に追いやられた人々を通して、主は来られます。 わたしたちは、それに気づき、いつでも主を受け入れることができるよう心と精神を開いていなければなりません。なぜなら、それは主の日だからです。主は、聖書を読んでいるときに、兄弟姉妹と通して、隣人を通して、来られます。 それは、主の日です。主の日を最大限に利用しましょう。その日を、神からの大切な賜物として抱きましょう。わたしたちの大切な自分自身、時間、才能や能力を、神に捧げましょう。神と人々を愛し、わたしたちの生活を神のための生きた賛歌として捧げ、救い主である主イエスに属するものとしての証し人になりましょう。 J.S., dhm | |||||||||||
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